階段

私は、夜明け前に目を覚ました。
起き出して、この古い家の広い庭に面した廊下を歩いて、茶の間に上がった。
電気だけが点いていて誰もいなかった。
うしろから、●●さんのお母さんが、彼女は今家を出たところだと声をかけた。
今朝、何かの用事で出かけることは知っていたが、こんなに早いとは思わなかった。
縁側のつっかけを履いて、庭を小走りで横切り家の門まで急いだ。
不思議なことに彼女は浴衣を着ていた。
長い石段を降りてゆく後ろ姿を見つめ、向こう側に広がる薄く霞んだ街と海を眺めた。
息を吸い込んで、●●さん!と私は大きな声を出した。
その途端、世界の色が変わった。周囲の草木の葉の緑色が透き通り、笑顔の彼女が振り返った。
夜明けである。

私は手を振って彼女を見送った。彼女も手を振った。

長い間時間が止まっていたかのように。